気仙沼簡易裁判所 平成3年(ろ)12号 判決 1991年11月05日
主文
被告人を科料九〇〇〇円に処する。
被告人がその科料を完納することができないときは、金三〇〇〇円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。
訴訟費用は被告人の負担とする。
理由
(犯罪事実)
被告人は、正当な理由がないのに、平成三年六月二八日午後一時二五分ころ、宮城県<住所略>所在のファミリータウンハマダ三階女子便所内において、同便所内の下側間仕切の隙間から便所内の女性の姿態を八ミリビデオカメラで撮影録画し、便所内をひそかにのぞき見た。
(証拠関係)<省略>
(法令の適用)
1 犯罪事実 軽犯罪法一条二三号
2 刑罰の選択 科料刑を選択
3 換刑処分 刑法一八条
4 訴訟費用の負担 刑事訴訟法一八一条一項本文
(補足的説明)
1 被告人の本件犯行は、スーパーマーケットの来客用女子便所内に入りこみ、隣の便所との間の仕切板の下側にある約六センチメートルの隙間から便所内の女性の排泄行為を撮影すべく、八ミリビデオカメラをセットして床に置き、その姿態を撮影録画したというものであり、被告人が直接肉眼で隣の便所内をのぞきこんだわけではない。しかしながら、軽犯罪法一条二三号は、プライバシーの権利の保護を目的とするものであるところ、実質的に見て、肉眼による場合とビデオカメラを用いた撮影録画による場合とで、プライバシーの侵害の有無に何らかわりはない。むしろ、肉眼による場合には、便所をのぞきこんだ犯人の記憶も希薄化し消滅することがあり得るのに対し、便所内の女性の姿態等が録画されたビデオテープは、何度でもそれを再生することが可能であるばかりか、録画したテープを多数複製することが可能であるので、それによる被害が広がってゆくことがあり得るのであり、ビデオカメラによる撮影録画によるプライバシー侵害の程度は、肉眼によるのぞきこみ行為よりも著しいものというべきである。
他方、軽犯罪法一条二三号は、犯人の行為の動機及び行為の結果としての好奇心の満足等を犯罪構成要件とはしておらず、単に、のぞきこみ行為が存在し、それによって被害者のプライバシー侵害の結果が発生すれば、犯罪として既遂に達するものと解すべきである。ところで、本件では、被告人は、ビデオカメラで録画した内容を再生して見る前にスーパーマーケット従業員に犯行を発見され、取り押さえられたため、その録画内容を見ないままであるが、隣の便所内の様子の録画行為それ自体によって被害者のプライバシー侵害が発生している以上、被告人の本件犯行は、既遂に達していると判断する。
したがって、被告人の本件犯行は、軽犯罪法一条二三号所定の便所内をひそかにのぞきこむ行為の既遂罪に該当するものと判断する。
2 被告人の本件犯行の経過は、次のとおりである。
(1) 本件犯行場所スーパーマーケット内にあるレストランの従業員である甲野春子は、本件犯行直前、被告人が女子便所に出入りしているのをたまたま目撃し、以前からその便所に痴漢が出るとの来客からの苦情があったこともあって、被告人の行動を不審に思った。
(2) そこで、甲野春子は、同僚である乙川夏子にその旨を告げ、試しに甲野春子が女子便所内に入り、乙川夏子が外から見張っていることにした。そして、甲野春子が女子便所内に入り、様子をうかがっていると、隣の便所内に誰かが入り、隣室との間の仕切板の下側隙間から鏡のようなもので甲野春子の入っている便所内をのぞきこんでいる影が見えることを確認した。
一方、乙川夏子は、甲野春子が女子便所内に入って間もなく、そのあとを追って被告人が女子便所内に入ってゆくのを確認した。
(3) 以上の経過から、甲野春子らは、被告人が何らかの道具を用いて便所内の様子をのぞき見たものと考え、スーパーマーケットの男子従業員に連絡した。連絡を受けた従業員は、その場から逃げようとした被告人を追跡して取り押さえ、最寄りの警察署に通報した。
右の経緯を見ると、被告人の本件犯行は、いわば被害者の私的なおとり行為によって惹起されたものであるということができる。しかしながら、被害者である甲野春子は、自らの便所内の姿態をのぞかれるかもしれないことは認識していたとしても、それを認容していたものではない。また、被告人は、右のおとり行為によって初めて犯意を発生させたのではなく、右のおとり行為は、被告人の本件犯行のきっかけを与えたものに過ぎない。
してみると、右のようなおとり行為によって本件犯行が惹起されたものであっても、なお、本件について軽犯罪法一条二三号所定の罪が成立するものと解する。
3 他方、甲野春子は、痴漢行為を予測し、便所内では単に水を流しただけであるし、本件犯行に用いられたビデオテープにも便所内の便器と甲野春子の足の一部及び靴が撮影されているのに過ぎない。しかし、そのことのみで、本件における可罰的違法性が失われることにはならない。
4 なお、軽犯罪法一条二三号所定の罪は、一人の被害者毎に一罪が成立するものと解すべきであるが、本件起訴事実は、甲野春子一人に関するものであるので、本件については、罪数の問題は発生せず、単純に一罪のみが成立すると解する。
(量刑の事情)
被告人の本件犯行は、被告人が便所内での女性の排尿行為等を内容とするレンタルビデオの鑑賞のみではあき足らず、その性的好奇心を満たすため、自ら撮影してその録画内容を楽しもうと考え、予め犯行場所の下見をし、犯行の発覚を免れるためにビデオカメラを紙袋に入れその上から手拭で覆い隠す等の準備をしたうえで、スーパーマーケットの来客用女子便所付近に潜み、女子便所に女性が入るのを確認するやそのあとをつけて女子便所内に入りこみ、隣室の女性の姿態等を八ミリビデオカメラで隠し撮りをしたというものであって、犯行それ自体が非常に悪質なものというべきである。しかも、犯行の用に供したビデオカメラは、被告人が当時勤務していた宮城県立水産高校の実習船上での生徒達の姿を撮影するために高校で購入したものであるが、被告人は、これをいわば私物化し、校長等に無断で使用して本件犯行に及んだものである。更に、仮に本件犯行が発覚しなかった場合には、被告人が本件と同様の手口による犯罪を重ね、それによる被害を拡大させていたであろうことは容易に推測できる。加えて、被告人はスーパーマーケットの店員らに取り押さえられ、事情を聴取されている間、本件犯行の証拠を消滅させようと考え、店員の隙を見てビデオテープの消去を行い、その結果、本件犯行により撮影された映像の大部分が消去されてしまっている。これらの事情によれば、被告人の本件犯行に対する責任は重いものといわざるを得ない。
しかしながら、被告人が、本件犯行の発覚により勤務先高校を免職となるなど、厳しい社会的制裁を受けていること、現時点では、被告人が自己の愚行を恥じ、深く反省するに至っていること等の事情もある。
そこで、本件については、右の各事情を総合勘案のうえ、被告人を主文のとおりの科料刑に処することとした。
よって、主文のとおり判決する。
(裁判官夏井高人)